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2024.10.10
猫のiPS細胞が実用化へ?再生医療の未来について考えよう
近年、さまざまな形で進歩を見せている再生医療。人間の医療だけではなく、獣医学の領域でもさまざまな形で再生医療を取り入れた治療が実現に向けて研究されています。
そんな中、2024年の9月に日本の大学の研究機関から最新研究について新たな発表がされました。なんと猫のiPS細胞を安定的に作ることに成功した…というものです。
iPS細胞って?猫の再生医療って?最新研究とこれからの猫の治療について調べてみました。
日本の大学と研究機関が猫のiPS細胞の安定作成に成功!
近年、医療の分野で注目されているのが「再生医療」と呼ばれる分野。とっても簡単に説明してしまうと、機能を失ったり働けなくなってしまった臓器や細胞を、再び生み出して移植することで治療を行うという技術です。様々な理由で臓器や細胞はその機能を失うことがあります。病気で機能を失うほか、事故や大けがで体の一部を失うこともあります。
そういったケースで、本来持っている機能を取り戻す治療を総じて「再生医療」と呼んでいます。
これまで、主に人間の医療の現場が中心となって研究が進められてきましたが、昨今では猫や犬への高度医療も大きな進歩を見せています。
しかしながら、猫は犬に比べて研究事例が極めて少なく、犬の研究と比較して後れを取っていたのが実際のところでした。
2024年に大阪公立大学大学院獣医学研究科の鳩谷 晋吾教授、木村 和人客員研究員らのほか、複数の企業からなる共同研究グループによると、猫のiPS細胞の安定作成に成功したというのです。
これはとても大きな成果で、今後、この研究で作製した猫のiPS細胞を活用した研究が進むことで、慢性腎臓病などの病態解明や、新たな細胞治療法の開発が期待されているとのことです。
iPS細胞ってなに?
今回、研究グループが作ることに成功したiPS細胞ってどんなものなのでしょうか?
iPS細胞とは、細胞を培養して人工的に作られた、さまざまな組織や臓器の細胞になる可能性を持った多能性の幹細胞のことです。
幹細胞とは、失われたり寿命を迎えた細胞を補う細胞を作る役割を持った細胞です。
幹細胞は大きく2種類に分けられます。一つは、皮膚や血液のように、きまった組織や臓器で、消えた細胞のかわりを造り続けているもの。このタイプの幹細胞は「組織幹細胞」と呼ばれています。組織幹細胞は何にでもなれるのではなく、血をつくる造血幹細胞であれば血液系の細胞、神経系をつくる神経幹細胞であれば神経系の細胞のみ、というように、役目が決まっています。
もう一つは、自分の体の細胞であれば、どのような細胞でも作り出すことのできる「多能性幹細胞」です。なんにでもなれる万能細胞、なんて呼ばれたりもします。
iPS細胞とは、普通の細胞をもとにして人工的に作られた「多能性幹細胞」のことです。
今回の研究では、猫の多能性幹細胞を安定して作ることに成功した…つまり、猫の再生医療の可能性が大きく広がった、ということになるのです。
猫のiPS細胞を作ることができた、ということは猫の体の中にあるどんな細胞でも作ることができるかもしれないということ。骨でも、歯でも。神経細胞でも皮膚でも、そして腎臓でも再生することができるかもしれないのです。
猫の再生医療の現在地と将来
現在、すでに動物医療の現場でも少しずつ再生医療が活用されるようになってきています。
治療する病気の種類にもよりますが、一般的な治療法では改善されなかったり、副作用の影響が大きいと判断された場合に新たな選択肢として採用されることが出てきているようです。とはいえ、まだまだ一般的な治療法とは言えませんし、受けることができる病院も限られています。(医療費も法外になることが多いです)
しかし、再生医療には、これまで治療が難しかった症例の治療につながったり、非常にメリットも大きい治療方針としてたくさんの獣医師、そして猫や犬といっしょに暮らしている皆さんが期待している領域になっています。
今回の研究によって、猫では不可逆的な疾患として知られている慢性腎臓病や猫に多い歯周病の治療なども大きく進歩する可能性があります。iPS細胞を用いることで加齢に伴い低下していく猫の腎臓の機能を回復させたり、歯周病が進行したことで失われた歯やあごの骨の再生につながるかもしれません。
先述の通り猫ではまだ再生医療の研究は始まったばかり。これまで治療が難しいと言われていた猫たちの病気の治療が広く行われるようになるまで、もうしばらくかかると思います。
しかし、大きな第一歩となったのは間違いありません。私たち猫と暮らす家族は、これからもこの研究が上手くいくことを祈りながら、温かく見守っていきたいですね。
おわりに
今回発表された研究の成果は、猫の再生医療における大きな進展と呼べるものです。
iPS細胞の安定作成に成功したことで、猫の慢性腎臓病や歯周病などの治療に新たな可能性ができてきたと言えそうです。
再生医療はまだ一般的な治療法とは言えませんが、今後の研究が進み、広く治療方針と受け入れられていけば、より多くの猫が恩恵を受けることができるようになるはず。
猫と暮らす私たちも、日本の研究機関が挙げたこの大きな成果を誇らしく思いつつ、プロジェクトの成功を応援していければいいですね。
参考文献
*1 「Generation of footprint-free, high-quality feline induced pluripotent stem cells using Sendai virus vector」『Regenerative Therapy 26 (2024) 708~716』(Kazuto Kimura, Masaya Tsukamoto , Hiroko Sugisaki, Miyuu Tanaka,Mitsuru Kuwamura, Yuki Matsumoto , Genki Ishihara , Kei Watanabe, Mika Okada,Mahito Nakanishi, Kikuya Sugiura, Shingo Hatoya) https://doi.org/10.1016/j.reth.2024.08.012